企業において、能力不足や協調性を欠く問題社員への対応に苦慮し、やむを得ず解雇を検討されることもあると思います。しかし、解雇が法的に有効と判断されるためには、会社側の主観的な評価ではなく、客観的な証拠に基づく適切なプロセスが重要となります。 本記事では、近年の裁判例をもとに、問題社員の解雇における証拠の集め方や実務上のポイントについてご説明いたします。
目次
1 近年の裁判例の紹介
(1)裁判例1(東京地裁令和7年8月21日判決)
総合職として入社した従業員が、能力不足や協調性欠如等を理由に解雇された事案です。原告は、システム開発等の業務において抽象論に固執して平易な課題も完成できず、意に沿わないと大声で号泣する、机を叩く、暴行に及ぶなどの攻撃的・他責的な態度を繰り返しました。また、無断欠勤や、同僚を「豚」と呼ぶなどの業務に関係ないメールの頻繁な送信、人事の非公開情報の投稿、同僚の無断撮影・録音といった問題行動も起こしました。
裁判所は、原告の適格性の欠如と改善見込みのなさを認定する一方で、会社側が約9年間にわたり配属や担当業務の変更、教育担当の配置など継続的に手厚い指導を行った事実を重く見て、会社が雇用継続の努力を尽くしたと評価し、解雇を有効と判断しました。
(2)裁判例2(東京地裁令和7年8月6日判決)
エンジニアとして入社した従業員が、協調性欠如等を理由に解雇された事案です。原告は、入社時のオリエンテーションで社長の経歴に不満を述べる、同僚のシステムを厳しく批判するなど、他者への配慮を欠く言動が見られました。また、社内LINEグループでの不適切な発言や、上司に対する攻撃的態度、退職のほのめかしを用いて自身の要望を通そうとする等の言動を行いました。
裁判所は、入社後わずか2年足らずの間に複数回のトラブルを起こし就業環境を悪化させた組織適格性の欠如を認定し、複数回の書面による警告等を含む注意指導を受けていたにもかかわらず改善の見込みもないとして、解雇を有効と判断しました。
2 問題社員を解雇するための証拠の集め方
上記2つの裁判例から、解雇の正当性を基礎づけるために、会社側が以下のような客観的かつ詳細な記録を保管していくことが有効であることがわかります。
(1)コミュニケーションツール(チャット、メール、LINE等)の履歴の活用
従業員の問題行動がチャットやメール上で現れていることも多々あり、チャットツールやメールのテキスト履歴が、問題行動の態様等を示す証拠となります。
裁判例1では、同僚を誹謗中傷するメールや業務に無関係なメールの履歴が証拠提出され、裁判例2では、SlackやLINE上での上司への反発や同僚とのトラブルのやり取りが詳細に認定されました。
職場のトラブルは口頭でのやり取りが多く「言った・言わない」の水掛け論になりがちですが、テキストデータは客観的証拠となります。コミュニケーションツール上で問題行動があった際の発言や、それに対する上司の指導内容は、保存しておくことが有効です。
(2)書面(業務改善注意書、警告書など)による指導と「本人のネガティブな反応」の記録
裁判例1では、会社が「勤務指導書」や「業務改善注意書」を具体的に作成・交付しただけでなく、「原告がそれに署名を拒否した」という事実そのものを証拠として記録に残しており、これが本人の自省の念の乏しさ(改善意欲の欠如)を裏付ける証拠につながったと思われます。裁判例2でも、有期雇用期間中に「警告書」を手交した事実が、会社が真剣に改善を求めていた証拠として認定されています。
具体的な問題点と改善要求を記載した書面を交付し、受け取り等を求めるプロセス自体が有力な証拠となります。単に問題があったことの証明だけでなく、書面の受け取り拒否や反発した態度を記録に残すことが、「指導したのに改善の余地がない」ことを立証するために有効となります。
(3)人事評価のコメントや面談記録の定期的な蓄積
問題行動が一時的なものではなく、継続的していることを証明するために、定期的な人事評価の記録を残しておくことも有効です。
裁判例1では、毎年の人事評価シートにおける上長のコメントが詳細に残されていたことが評価されています。裁判例2でも、勤務成績評価においてコミュニケーションについて慎重になるよう会社からのメッセージを伝えた記録が残っています。
半期・四半期ごとの評価コメントや週報、定期面談の議事録を残し、会社が改善を希望しており、かつそれを従業員にも伝え続けていたことが証拠として分かるようにしておくことが望ましいです。平時の人事評価制度の中で上長が継続的に課題を指摘していたという記録は、一過性のミスではなく継続的かつ重大なものであることを示し、解雇の正当性を裏付ける証拠となります。
なお、定期面談等の内容については、例えば面談内容の要点を記載したメールを当該従業員に面談後に送付しておくことも有効と思われます。議事録等を残すのはマンパワー上難しい場合もあると思いますので、その際は定期面談のやり取りを録音してその音声データを保存しておくことだけでも有効です。
(4)会社の「解雇回避努力(雇用継続に向けたサポート)」の具体的事実の記録
能力や協調性の不足を理由とする解雇では、会社がどこまで教育や配置転換等のサポートをしたかも考慮されます。
裁判例1では、約9年間にわたり「業務レベルの引き下げ(定型事務への異動)」、「教育担当(メンター)の隣席配置」、「週1回のミーティングの実施」、「週報を通じた文章作成指導」など、特別な支援体制を敷いた具体的な事実が取り上げられています。「指導したがダメだった」というマイナス面の記録だけでなく、「課題を平易にした」「面談頻度を増やした」「担当を変えた」といった会社側が歩み寄って配慮を行った記録を残すことが望ましいです。具体的なサポートの事実を記録化しておくことで、「十分な機会を付与したものの改善に至らなかったため、解雇はやむを得ない」という判断につながると考えられます。
3 裁判例から学ぶ実務上のポイント
従業員を解雇して訴訟になった場合、会社側は、解雇権濫用に当たらないこと(客観的合理的な理由と社会通念上の相当性)を基礎づける事実を具体的に主張・立証しなければなりません。
解雇の有効性を担保するためには、事後的に理由をかき集めるのではなく、日々のコミュニケーション、人事評価、指導のプロセスそのものの中に「客観的な記録を残す仕組み(書面化・データ保存)」を組み込んでおくことが最も重要です。
社内のコミュニケーションツールのやり取りの記録、注意指導と本人のネガティブな反応の記録、平時からの評価・面談記録の蓄積、そして解雇を回避するための対応の経緯、これらを記録していくことが望ましいです。
4 千瑞穂法律事務所ができること
千瑞穂法律事務所では、使用者側の人事労務問題を多数扱っており、問題社員への対応や解雇に関しても多くの企業様にアドバイスをさせていただいております。 能力不足や協調性欠如を理由とする解雇は、有効と判断されるためのハードルが高く、日頃からの適切な指導と証拠の蓄積が重要です。どのような記録を残すべきか、指導をどのように進めるべきか、適法に解雇できる状況にあるのか等、対応に悩まれる場合は、千瑞穂法律事務所にお気軽にご相談ください。




















