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「従業員の引き抜きは、どのような場合に違法となるか」


当事務所では、昨今、「従業員や取締役等が同僚・部下を引き抜いて競合会社を設立した。このままでは大損害なのでどうにかできないか。」といったご相談が非常に増えています。

また逆に、退職を予定している方から、「同僚や部下と共に競合会社を設立しようと思っているが、どのようなことに注意すればよいか。」といったご相談も多くお聞きしています。

こうした従業員の引き抜き行為は、退職されてしまう会社としては存亡の危機に、退職する従業員や取締役等としては損害賠償請求などのリスクを抱えることになるため、十分な法的な知識を得ておくことが必要不可欠といえます。

そこで、本記事では、従業員の引き抜きはどのような場合に違法になるのか、引き抜きによるリスクを最小限にするためにはどうすればよいか、引き抜かれた場合にどうできるか、退職する側としてはどのようなことに注意すべきかなどについて、ご説明します。

1.従業員の引き抜きによるリスク

(1)会社側のリスク

従業員や取締役等が同僚・部下を引き抜いて競合会社を設立した場合(競合会社に入社した場合)、会社には次のようなリスクがあります。

・内部事情に詳しい従業員が退職することで、取引先を奪われ、会社の売上が減少する

・トラブルのあった会社として取引先からの信用を失う

・退職した社員の穴を埋めるための採用コストや育成に関する負担

・残った社員の過重労働やチベーションの低下、退職

このように従業員の引き抜きが行われると、売上・利益の減少という結果だけではなく、上記のような様々な問題が生じてしまいます。

また、取引先を奪われたケースでは、売上が数十億円も減少してしまい、会社が存続することが難しくなってしまったような事例もあります。

そこで、会社としては、従業員の引き抜きはどのような場合に違法になるのか、従業員の引き抜き行為に対する予防策はどのようなものがあるか、引き抜かれた場合はどのように対応すべきなのかについて知っておくべきでしょう。

(2)退職する側のリスク

従業員や取締役等が同僚・部下を引き抜いて競合会社を設立した場合(競合会社に入社した場合)、退職した側には次のようなリスクがあります。

同僚・部下を引き抜いた場合、その方法や手段によっては違法と評価され、獲得した売上や利益を元の会社に支払わなければならないことがあります。

また、相応の資金と労力をかけて新たな会社を設立したにもかかわらず、その会社での営業活動が禁止されてしまうことがあります。

そこで、退職する側としても、従業員の引き抜きはどのような場合に違法になるのか、どのような点に注意して競合会社の設立や競合会社への就職をすべきかについて知っておくべきでしょう。

2.従業員の引き抜きはどのような場合に違法になるのか

従業員や取締役等が同僚・部下を引き抜く行為は、状況によっては不法行為となります。

そして、引き抜き行為を行った従業員や取締役等が、在職中なのか、退職しているのかによって、不法行為に該当するか否かの判断基準は変わってくると考えられています。

そこで、以下では、在職中の場合と退職後の場合とに分けて、ご説明します。

(1)在職中の従業員・取締役等による引き抜き行為

労働契約法は、「労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。」と定めています(誠実義務。労働契約法3条4項)。

そこで、在職中に他の従業員の引き抜き行為を行うと、こうした誠実義務違反に基づく損害賠償責任を負うことがあります。

また、取締役等の場合も会社に対して忠実義務を負っており、忠実義務違反に基づく損害賠償責任を負うことがあります。

このように在職中の従業員・取締役等による引き抜き行為は、誠実義務違反や忠実義務違反になり得るのですが、一方で転職の自由や営業の自由も存在するため、引き抜き行為のすべてが違法になる訳ではありません。

具体的には、「企業の正当な利益を考慮することなく、企業に移籍計画を秘して、大量に従業員を引き抜くなど、引き抜き行為が単なる勧誘の範囲を超え、著しく背信的な方法で行われ、社会的相当性を逸脱した場合には、このような引き抜き行為を行った従業員は、雇用契約上の義務に違反したものとして、債務不履行責任ないし不法行為責任を免れない」ことになります(大阪地判平成14年 9月11日)。

なお、その引き抜き行為が社会的相当性を逸脱しているかどうかは、「引き抜かれた従業員の当該会社における地位や引き抜かれた人数、従業員の引き抜きが会社に及ぼした影響、引き抜きの際の勧誘の方法・態様等の諸般の事情を考慮すべき」とされています(同裁判例)。

(2)退職した従業員・取締役等による引き抜き行為

既に会社を退職している場合、在職中の従業員や取締役等と異なり、誠実義務や忠実義務は負っていません。

そこで、従業員や取締役等が会社を退職した後に、その会社の従業員に対して引き抜き行為を行うことは原則として違法性はないとされています。

ただし、退職した従業員・取締役等であっても、「その引き抜き行為が社会的相当性を著しく欠くような方法・態様で行われた場合には、違法な行為と評価されるのであって、引き抜き行為を行った元従業員は、当該会社に対して不法行為責任を負う」と考えられています(大阪地判平成14年 9月11日)。

このように、退職した従業員・取締役等の場合は「社会的相当性を逸脱」するだけでは足りず、「社会的相当性を著しく欠く」ことによって初めて違法と判断されることになります。

(3)具体的な裁判例

ここで、従業員の引き抜きはどのような場合に違法になるのかについて、実際の事件(裁判例)をご紹介します。

引き抜きが違法とされた裁判例

①東京地判令和 3年 6月 4日元従業員が、元同僚を競合会社に転職させたうえ、営業秘密であるデータを不正に取得・使用することにより原告会社の案件を奪取したなどとして、本件データの使用等の差止めや損害賠償請求がされた事案。

 

①営業秘密を含む営業上のデータを持ち出すよう指示したこと、②勧誘の範囲も、管理職員を含め、営業、製造及び設計の各部門の相当数にわたり、実際に設計部次長を含む6名が転職したことなどからすれば、その勧誘の方法・態様は社会的相当性を逸脱していたとし、不法行為が成立すると判示しました。

②東京地判令和 4年 2月16日原告会社の元業務執行社員が、在任中及び退任後に、従業員の引き抜きをしてはならない旨定めた社内規程や退任時の誓約書に違反して、競業会社に転職するよう原告会社の従業員を勧誘したなどとして、不法行為に基づく損害賠償がされた事案。

 

①業務執行社員在任中から退任後にかけて、指揮監督下にあった構成員を含む原告会社の7名の従業員に対して競合会社に転職するよう長期間にわたって勧誘したこと、②勧誘にあたって、具体的な給与額や配属先を含む転職後の勤務条件に関して、その従業員と競合会社の間に立って交渉を行い、希望する条件を約するなどして、積極的な働きかけを行っていたこと、③マスコミ関係者に原告会社の内部情報等を伝えるなどして原告会社に対する批判的な記事の掲載に協力したことなどからすれば、単なる勧誘行為にとどまるものではなく、社会的相当性を逸脱した背信的な引き抜き行為であると判示しました。

引き抜きが違法とされなかった裁判例

③東京地判令和 2年 3月11日元従業員が、元同僚の違法な引き抜き行為を行い、またその際に原告会社の営業秘密である従業員の氏名、住所等の営業秘密に係る情報を不正に使用したなどとして、同情報の使用の差止めや損害賠償請求がされた事案。

 

①従業員数が160名程度の規模の会社であることなどからすれば、管理部門に所属していた元従業員が勧誘に当たり、その評価書等を使用する必要性があったとは考えられないこと、②引き抜かれた従業員は3名であり、勧誘の対象となる人数が多いという訳でも重要な役職についていた訳でもなかったこと、③退職の申し出があったのは、退職の3か月前であり、会社は人員を補充するについて相応の期間があったことなどから、いずれも許容される勧誘の範囲にとどまるものであって、著しく背信的な方法で行われ、社会的相当性を逸脱するものとして不法行為を構成するということはできないと判示しました。

④東京地判平成24年 9月 7日過去に原告会社の代表取締役等の地位にあった者が、退職して競合会社を設立し,原告会社の顧客情報を盗み出した上で原告会社の取引先に営業を行って顧客を奪ったこと及び原告会社の従業員を引き抜いたことなどが正当な営業活動の範囲を逸脱した社会的相当性を欠く違法な行為であるとして、損害賠償請求がされた事案。

 

①原告会社の顧客名簿は、内勤の従業員であれば自由に見ることができ、秘密として厳重に管理されていた訳ではないこと、②代表取締役等ではあったものの業務内容や権限は非常に限定されていたこと、③退職の原因は日給が減額されたことがきっかけであることなどから、いずれも著しく背信的な方法で行われ,社会的相当性を逸脱するものとして不法行為を構成するということはできないと判示しました。

3.会社側の対応

(1)従業員の引き抜き行為に対する予防策

会社として、従業員や取締役等が他の従業員等を引き抜くことを防止する場合、誓約書(合意書)や就業規則等で引き抜きを禁ずることが考えられます。

まず、会社がそれぞれの従業員や役員との間で、引き抜き行為をしないという合意をすることは当然に許されます(契約自由の原則)。

もっとも、永久に引き抜き行為を禁ずる内容の合意は、退職した従業員等の営業活動の自由や勧誘の対象となる従業員の職業選択の自由の過度な制約になる可能性があるため、公序良俗に反する無効な合意とされる可能性があります(民法90条)。

そこで、次のような限定を付した誓約書(合意書)に署名してもらっておくことが有用です。

引き抜き行為禁止に関する誓約書(例)

 私は、雇用契約期間中及び雇用契約終了後1年間は、自らのため又は第三者のためを問わず、貴社の従業員に対して転職の勧誘や採用活動を行いません。

上記に違反した場合、私は会社に■万円の違約金を支払うことを約束します。なお、会社に違約金を超える損害が生じた場合、その差額についても別途お支払いします。

上記誓約書(例)では、違約金の定めも設けています。引き抜き行為に基づく損害の立証は難しいことが多いため、こうした違約金条項は有効でしょう。

もっとも、違約金の額を高額にしてしまった場合、公序良俗に反すると評価されるリスクが高まるため、業種や業界、役職等を勘案し、低めの額に設定しておくべきと考えます。

具体的には、その従業員や取締役等が上げている売上(又は給与・役員報酬)の半年分から一年分程度が一つの目安と考えます(執筆時点でこの点を明確に判示した裁判例は確認できなかったため、筆者の個人的見解です)。

なお、こうした誓約書は退職時には署名してもらえないことがほとんどであるため、入社時に署名してもらっておくべきでしょう。

以上に対し、就業規則等で引き抜きを禁ずることも防止策になります。

誓約書の場合、個々の従業員や取締役等の署名が必要になりますが、就業規則等の場合、こうした個別の同意はいらないことがメリットです。

ただし、この場合、就業規則を変更する際の手続や内容の合理性、就業規則の周知などが必要になりますので、社会保険労務士や弁護士に相談しておくことを強くお勧めします。

就業規則に記載する場合の文例は、次のとおりです。

引き抜き行為禁止に関する就業規則の条項(例)

第●条 引き抜き行為の禁止

社員は、雇用契約期間中及び雇用契約終了後1年間は、自らのため又は第三者のためを問わず、会社の他の社員に対して転職の勧誘や採用活動を行ってはならない。

(2)引き抜かれた場合の対応策

 1 状況把握と証拠収集

競合会社などに引き抜かれたことが発覚した場合、会社としては早期に状況把握と証拠の収集を行う必要があります。

まず状況把握としては、転職の勧誘を受けたが会社に残留した社員から、いつ、誰から、どのような転職の勧誘を受けたのか詳細に聴取すべきでしょう。

そして、その際には合わせて関連する客観的証拠(勧誘する内容の書かれたメールやLINE、書面など)も収集しておくべきです。

続いて、可能であれば、勧誘を行った元従業員や勧誘に応じた元従業員にも連絡を取り、事情を聴いておくべきでしょう。このときは録音されることをお勧めします。

こうした方は既に退職しているため、事情聴取に応じてもらえないことも多いのですが、実際のケースでは応じてもらえたケースも少なからず存在するため、ぜひ実施しておくべきと考えます。

 2 その後の対応

状況把握と証拠収集を終えたら、引き抜き行為を行った元従業員にその後の営業を禁ずる旨の警告を行うことや仮処分申立て、差止訴訟、損害賠償請求訴訟などを行うことが考えられます。

もっとも、引き抜き行為に関しては、上記に記載したとおり、違法とされた裁判例も、違法とされなかった裁判例も、双方多数存在するのが現状です。

そこで、それぞれのケースについて違法である可能性が高いのか、そうではないのかについて、引き抜き行為の問題に詳しい弁護士に相談したうえで、具体的な対応を検討されることをお勧めします。

4.退職する側の対応

引き抜き行為が違法とされてしまった場合、損害賠償として支払わなければならない金額が非常に多額になることがあります。

例えば、上記でご紹介した①東京地判令和 3年 6月 4日では、中心人物に対し、約2億円もの請求が、②東京地判令和 4年 2月16日では、約5000万円の請求が認められています。

このように多額の損害賠償請求を受けるおそれがあるため、引き抜き行為を開始する前に、どのようなことをしてよいのか、してはならない行為は何かなど、十分に検討しておくべきと考えます。

そこで、退職する側としても、引き抜き行為の問題に詳しい弁護士に事前に相談しておくべきでしょう。

5.従業員の引き抜き行為に関し、千瑞穂法律事務所ができること

当法律事務所では、大企業から中小企業まで、引き抜き行為や顧客奪取の問題を多数取り扱っています。

引き抜かれてしまった会社の対応はもちろん、従業員を引き抜いて競合会社を設立したクライアントのご相談も多くお聞きしてきました。

このように双方の立場に立った経験が豊富であることから、相手方がどのような段取りで、どのような行動を取るのかが想定しやすいという点が当法律事務所の強みです。

具体的には、従業員の引き抜き行為に対する予防策や引き抜かれた場合の対応、退職しようとしている方の事業の進め方、元の会社から警告や訴訟を提起された場合の対応などについて、具体的なアドバイスや代理活動を行っています。

従業員の引き抜き問題については、早い段階でご相談いただければ、打つ手が多くあるため、「今後、問題になりそうだな」、「従業員が引き抜かれると困るな」、「引き抜いたら問題になりそうだな」などと思われたら、早めにご相談いただければと思います。

従業員の引き抜き行為でお困りの企業の方は、広島の千瑞穂法律事務所にぜひご相談ください。