外国人労働者を雇用している中で外国人労働者に対してどのような指導、教育を行えばよいのかと悩まれる経営者の方は多いと思います。
今回ご紹介する大阪地裁令和6年7月31日判決について、日本語が十分に理解できない外国人労働者に対する安全衛生教育における労務対応を検討する際の一助にしていただくべく、以下で詳しく解説いたします。
目次
1.事案の概要
本件は、金属製品のプレス加工等を営む被告(Y社)の工場において、ベトナム国籍を有する労働者原告(X)が、プレス機に指を挟まれて負傷した労働災害事故(本件事故)につき、被告に対する安全配慮義務違反に基づく約1731万円の損害賠償を求めた事案です。
Xは、Y社に雇用され、工場内でプレス機操作などに従事していました。Xは、プレス機の操作を行うようになった際、先に働いていたベトナム人労働者が実演する様子を5分程度見るだけで操作を始め、わからない点があれば当該従業員に適宜質問をして教えてもらうようにしていました。
また、その当時、Xは日本語がほとんど話せず、文字も読めない状態でしたが、Y社での教育で用いられた教材はいずれも日本語で記載されたものだけで、プレス機の危険性や取扱方法についてベトナム語で説明がなされたことはありませんでした。
このような状況の中、ある日、Xは工場でプレス機操作作業を行っていたところ、プレス機の操作のミスで、プレス機に右手中指を挟まれる事故が発生し、この事故により、Xは右中指の開放骨折等の重傷を負いました。
2.本件の争点
本件の主な争点は、Y社の安全配慮義務違反の有無であり、その安全配慮義務違反内容の一つとして、「外国人労働者に対する安全衛生教育の義務違反」という点が問題となりました。具体的には日本語が読めないXに対し、Y社が実質的に理解可能な方法で本件プレス機の危険性や取扱い方法に関する教育を行っていたかが争点となりました。 (なお、これらに加え、Xの基礎収入の額や過失相殺の割合など、損害額の算定についても争われましたが、本記事では「外国人労働者に対する安全衛生教育」の点に限って解説いたします。)
会社は、ベトナム人従業員の説明を実演で行っていることや適宜ベトナム人従業員によりプレス機の使い方を教えていたことから、尽くすべき安全衛生教育を行っていたと主張しました。
しかし、裁判所は、同僚ベトナム人従業員による5分程度の実演ではプレス機の危険性や操作方法の説明として不十分であり、日本語が分からないXに対して安全衛生に使用された教材がいずれも日本語だけであったことから、Y社は、Xが理解できる方法によって必要な安全衛生教育を行う義務に違反したと認定しました。最終的に会社側に約1029万円の賠償を命じました。
3.本件の争点についての過去の裁判例や通説的な考え方
本件の争点となった「安全配慮義務違反」についての実務における一般的な考え方を解説します。
労働契約法5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めています。この安全配慮義務により、使用者は、労働者が労務を提供する場所や設備等の危険性に応じて、具体的な安全確保の措置を講じる義務を負うとされています。具体的には、工場設備の事故であれば、危険な機械に対する安全装置の設置等の「物的環境を整備すべき義務」と、作業主任者の選任や安全教育の実施といった「人的配置を適切に行う人的整備義務」の両面が求められます。
また、これらの労働法規は国籍や適法な在留資格の有無を問わず、日本国内で就労する外国人労働者にも等しく適用されます。
したがって、使用者は、外国人か否かにかかわらず、当然に必要な安全衛生教育を実施する義務を負います。
4.本件の裁判例の意義
⑴本件裁判例がどういった意味で注目されているのか
本件判決は、増加する外国人労働者の労働災害において、会社に求められる「安全衛生教育」の内容、水準について判断を示した点で注目されています。
⑵実務においてどのように参考にされるべきか
本件裁判例は、外国人労働者を雇用する企業の経営者や人事労務担当者にとって、日々の安全衛生管理の指針として大いに参考にされるべきです。 具体的には、「従前のマニュアルを提供していた」や「現場の従業員が指導をしていた」という一般的な対応では足りず、外国人労働者の日本語の理解度を正確に把握し、日本語の理解が十分でない外国人労働者については、対象者の母国語に翻訳された安全マニュアルで説明を行ったり、通訳を介して一定の時間をかけて教育を行うなどして、外国人労働者が取り扱う機械の正しい操作方法を実質的に「理解できていた」といえる環境を整備しておき、実際に外国人労働者に対しどのような教育が実施されていたか、理解できていたかを入念に確認、記録しておくことが重要といえるでしょう。
5.弁護士からのコメント
近年、外国人労働者の力なしでは経営が成り立たないといった企業が増えていますが、これに伴い、実際に外国人労働者の労働災害発生件数も増加しており、労働災害発生率も全労働者の労働災害発生率と比較して高くなっているというのが現状です。
外国人労働者との言葉の壁は重大な労災事故を招きかねず、現在、外国人労働者を雇用し、又はこれからの採用を予定されている企業ではこの問題は必ず付き物になっていくといえるでしょう。
「うなずいていたから分かっているはずだ」、「従前のマニュアルがあるから大丈夫だ。」「同じ国の従業員がいるから大丈夫だ」という思い込みや形式的な対応は重大な労災リスクになりえます。
言葉の壁を越える丁寧な安全衛生教育が従業員の命と会社を守ることに繋がります。自社の安全衛生教育が十分といえるか、どのような対策を施せばいいかについてわからない経営者の方も多いと思います。その際には、外国人労働に関する労働問題に精通した弁護士に是非相談してみてください。
6.千瑞穂法律事務所ができること
千瑞穂法律事務所では、使用者側の人事労務(労働)問題を多数扱っており、労災、問題社員対応や解雇・懲戒、ハラスメント、退職勧奨、メンタル、労働組合、残業代問題、競業トラブルといった会社の課題について、会社側に立ってサポートしております。詳しくは、下記一覧をご参照ください。
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