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資格業の競業避止義務について


競業避止義務とは、在職中又は退職後の従業員が使用者と競合する事業活動を差し控える義務のことを指します。

従業員が競合他社の転職や起業等を行った結果、企業に損害が発生する可能性があり、企業としては、従業員に競業避止義務を課すことが必要となるところ、在職中の従業員については、特別の根拠がなくても労働契約の付随義務として競業避止義務を負うと考えられています。

他方、退職後の従業員は、職業選択の自由(憲法22条1項)が尊重されるべきとされ、従業員に競業避止義務を課すためには特約等特別な根拠が必要となります。また、根拠があったとしても、特約の内容によっては無効となるリスクがあります。特約の有効性がどのように判断されるかという点について、別のコラム(「会社が知っておくべき「競業避止義務」について(従業員の競業行為への対応)」https://kigyo-law.net/kaiketsu6_1/)で解説しておりますので、ご確認ください。
今回は、資格業の場合の競業避止義務に関して取り上げます。資格業の場合でも特約等で退職後の競業避止義務を課すことは可能であり、特約等の有効性の判断については上記コラムでご紹介した守るべき企業の利益、従業員の地位、競業禁止期間、禁止される行為の範囲、代償措置の有無等が考慮されていると考えられます。以下、資格業の競業避止義務に関して裁判所がどのような判断をしているのか、裁判例をご紹介します。

1 裁判例

東京高裁平成21年12月3日判決(千葉地裁松戸支部平成21年7月24日判決)

【事案】

・被告Y1(税理士)が、原告(税理士法人)を退職後、原告の顧問先に対して税理士業務及び会計業務を行った。
・被告Y1は、原告入社時(当時は従業員として就職)に、雇用期間中及び退職後も、原告の許可なく顧問先等に税理士業務及び会計業務はしない旨記載のある競業禁止契約を締結していた。
・原告が上記合意に基づき、被告Y1に対して奪取された顧問先の5年分の顧問料相当額の損害賠償を求めて提訴。

【判断内容】

裁判所は、まず一般論として「使用者と労働者との間における労働者の退職後の競業を禁止し、実損害額の賠償を予定する合意がその態様にかかわらず常に有効であるというのも相当ではなく、使用者が競業禁止契約の締結により達成しようとした目的、労働者の退職前の地位、競業が禁止される業務、期間、地域の範囲、使用者による代替措置の有無等の事情を考慮して、その合意が合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を著しく制限し、不当に害するものであると判断される場合には、公序良俗に違反するものとして無効になることがあると解するべきである。」と述べました。以下、各要素について見ていきます。

(競業禁止契約の締結により達成しようとした目的)

裁判所は、競業禁止契約の目的を原告各顧客との顧客関係を維持することとした上で、

・「被告Y1は、原告を退職するまでの間、本件各顧客の担当者として業務を行い(本件各顧客は、原告との顧問契約を締結した後は、原告の担当者である被告Y1及びその補助者であるB又はCとの間でやり取りをするのみであり、それ以外の原告従業員との間でやり取りをするわけではない。)、契約内容を十分に知っていたと推認されるところ、被告Y1が本件各顧客に対して、より安価なサービスを提供することにより当該取引を奪うことは容易であるから、原告と原告を退職した後の被告Y1との間で対等な立場で価格競争がなされたということはできない」こと

・「原告は、顧客獲得のため、年間約800万円から900万円という多額の投資を行った結果、顧客との契約を取り付けたのに対し、被告Y1は、顧客との間の契約締結時に立ち会ったにすぎないことからすると、顧客の開拓は専ら原告の投下資本によるもので、被告Y1の貢献があったということはできない」こと

を指摘して、被告Y1が原告の顧客を吸収したのは、被告Y1の個人的資質や能力のみによるものであるとはいえず、原告の本件各顧客との人的関係を維持するという競業禁止契約の目的は、正当としました。

また、裁判所は税理士試験の特殊性にも触れています。
・「税理士試験の受験資格者として、「税理士又は税理士法人…の「業務の補助の事務」等に従事した期間が通算して3年以上になる者」が規定され(税理士法5条1項1号ホ)、税理士となる資格を有する者として、税理士試験の合格者又は試験科目の全部について税理士試験を免除された者で「租税に関する事務又は会計に関する事務…に従事した期間が通算して2年以上ある」者が定められている(税理士法3条1項1号、2号)。」
→税理士資格を取得しようとする者は、受験資格を得るために税理士事務所に就職することが通常であると考えられるため、被告Y1に実務経験を積ませる等して被告Y1が税理士資格を取得できた後に、原告の顧客を奪取されてしまったのでは、原告の営業活動により得られた利益が不当に侵害されることになることからも、裁判所は、競業禁止契約の目的を正当としました。

(競業が禁止される業務)

裁判所は、原告と被告Y1との間の競業禁止契約において損害賠償請求権の根拠となる競業行為は、「「当事務所(判決注:原告)の顧問先あるいは顧問先であった者、及びその関係会社並びに代表者」に対する「税理士業務及び会計業務」」であることから、競業禁止契約の対象は、原告の顧客等に限定されていると判断しました。

(地域の範囲)

原告と被告Y1間の競業禁止契約では、「●●市内」等の地域的限定はなされておらず、被告Y1への制約が広範なものになっていましたが、裁判所は「本件競業禁止契約においては地域的限定がなされていないが、原告の顧客の存在する範囲に限定されるのであるから、事実上、原告の事務所の設置されている場所の周辺に限定されることとなる。」と判断しました。

(期間)

また、競業禁止契約では、地域の範囲だけでなく、期間についても特段限定はされていない状況でしたが、裁判所は「原告が本件競業禁止契約において顧客関係の維持を目的としていることに照らすと、本件競業禁止契約の期間は、被告Y1が原告に在職していた間に築いた顧客との人間関係を利用して、競業行為を行ったと評価できる範囲に限られなければならない。」として、少なくとも2年程度は有効と解すると判断しました。

(代償措置)

原告は、被告Y1に対して明示的な代償措置は行っていない状況でした。この点について裁判所は、「代償措置は、独立したもののほかに、不利益に見合った対価が付与されているか否かを検討する必要があって」、「原告は、被告Y1が税理士資格を取得するため城西国際大学大学院に通学していた約2年半の間、週2回程度の勤務に対して月額20万円の給与の支払をしていたことが認められ、かかる措置は、被告Y1に対する厚遇であり、相当の代償措置が講じられていたということができる。」と判断しています。

以上の点等を踏まえて、裁判所は原告と被告Y1との間の競業禁止契約は、被告Y1が在職していた間及び被告Y1が退職した日の翌日から2年間に関しては合理性を否定することができず有効である旨判断しました。その上で、裁判所は被告Y1に対して、被告Y1が原告を退職した日の翌日から2年間のうち被告Y1に奪取されたため得ることができなかった顧問料およそ1100万円の支払いを命じました。

2 その他の裁判例

上記より裁判所は、資格業の場合もその業務の特殊性等を踏まえ、特約の目的(守るべき企業の利益の程度)や目的と比較した制約の合理性を事案に即して判断していると考えられます。
なお、上記1の裁判例と同様に退職した税理士(被告)が税理士事務所(原告)の顧客を奪ったとして損害賠償を請求されたケースで、

「本件合意によって保護される原告の利益は顧客の維持であるところ」、「顧客らは、一様に、原告とは全く面識がないか、1回、多くても数回会ったことがある程度であり、被告らの対応に満足しており被告らとの人的関係を重視している趣旨の回答ないし陳述をしていることが認められること踏まえれば、顧客らが原告との契約を維持した理由は、被告らを始めとする担当者の努力による面が大きかったともいえること」、

「原告が特殊な営業方法により顧客らを獲得したといったことを認めるに足りる的確な証拠も認められないこと」等を踏まえて、「原告の顧客の維持という利益の要保護性が極めて高かったとまで認めることはできない。」と判断し、期間の長さや制約の対象の広さ等を踏まえて競業避止に関する合意を無効としたものもあります(大阪地裁平成30年11月13日判決)。
同じ顧客の維持を目的とした契約であっても、それまでの顧客維持が会社の努力なのか税理士個人の努力や資質によるものなのかという点によっても判断が分かれるものと考えられます。

その他、まつげエクステ専門店(原告)の事案で、アイリスト(被告)が原告を退職後別のまつげエクステサロンに転職してアイリストの業務に従事しているとして、原告が入社時合意に基づき被告に対してアイリスト業務従事の差し止めを求めたケースでは、

「顧客の維持を目的とするものであっても、原告店舗がまつげエクステの専門店であり、所属アイリストの技術が集客や売上に影響すると考えられることに加え、顧客はアイリストを指名することもでき(弁論の全趣旨)、原告との関係よりもアイリスト個人との人的関係を重視している顧客も少なくないと考えられることからすれば、競業制限にも一応の理由があるといえる

「しかし、顧客の維持・獲得は、本来的には自由競争に委ねられるべきであるし、顧客の維持が目的であれば、基本的には、原告の顧客に対する積極的な営業活動を禁止すれば足り、顧客にも店舗を選択する自由があることからすれば、むしろそれを超える制限は合理性を欠くと考えられる。」として、退職後1年間、国分寺市内(原告の店舗所在地)での原告の顧客情報を利用した原告の顧客に対する積極的な営業活動をともないアイリスト業務に従事することを禁止するという限度において、入社時合意を有効と認めたものもあります(東京地裁立川支部平成31年1月18日判決)。なお、被告が退職して1年を経過していたことから差止請求は認められていません。
美容関係の資格業においても、上記の税理士のケースと同じような考え方が妥当するのではないかと考えられます。

3 競業行為に関し、千瑞穂法律事務所ができること

当法律事務所では、社会保険労務士の先生等資格業に関する競業行為の問題を多数取り扱っています。また、従業員に競業行為をされた会社だけでなく、独立開業を行う側のご相談も多くお聞きしております。
競業の問題については、従業員に競業行為をされるおそれのある会社又は今後独立開業をされる方どちらであっても退職するまでのできる限り早い段階でご相談いただくと、トラブルを防止するための具体的な対策を取りやすいと考えています。競業の問題でお困りの際には、広島の千瑞穂法律事務所にぜひご相談ください。