目次
1.割増賃金について会社が知っておくべきこと
従業員からの割増賃金の請求は、それ単独で請求されることもありますが、会社が解雇した際に解雇の無効を請求する訴えとともにされることが多いです。
割増賃金の請求は、数百万円単位の請求になることが少なくないだけでなく、解雇が違法とされた場合の賠償金も含めると一千万円以上の支払義務を負う可能性もあります。
さらに、それが当該従業員との個別の対応に起因するものでなく、会社の従業員管理体制の不備から生じたものである場合には、他の従業員からも同様の理由の割増賃金請求をされる可能性があり、会社の資金力によっては壊滅的なダメージを受けることもあり得ます。
そこで、以下では従業員からの割増賃金請求に関する注意点をご説明します。
1-1.割増賃金の支払対象となる労働時間
会社は、従業員に法定時間外労働、法定休日労働、深夜労働をさせた場合は、割増賃金を支払わなければなりません(労働基準法37条)。
ア 法定時間外労働
1日8時間または1週40時間の法定労働時間(会社の規模・業種によっては1週44時間)を超える時間外労働は、割増賃金の支払い対象になります(労働基準法37条1項、労働基準法32条、労働基準法規則25条の2第1項)。
イ 法定時間内労働
以上に対し、法定時間内労働に対しては原則として割増賃金の支払い対象にはなりません。
もっとも、就業規則や個別の労働契約によって、法定時間内労働であっても割増賃金を支払うこととされている場合は、当該契約内容に従って割増賃金を支払わなければなりません。
ウ 法定休日労働
1週1日又は4週4日の法定休日(労働基準法35条1項、2項)における労働は、割増賃金の支払対象となります(労働基準法37条1項)。
なお、法定休日を事前に別日に振り替えた場合、法定休日労働ではなくなるので割増賃金の支払義務はなくなります(ただし、振替により1週の法定時間を超える場合には割増賃金の支払対象となります。)。
一方、事後的に振り替えた代休の場合は法定休日に労働したことに変わりないので割増賃金を支払う必要があります。
エ 深夜労働
原則として、午後10時から午前5時までの時間における労働は、割増賃金の支払対象となります(労働基準法37条4項)。
1-2.労働時間性
労働時間とは、一般に、始業時刻から終業時刻までの拘束時間から休憩時間を除いた時間と考えられていますが、明確に労働時間であると判断できない場合もあります。
例えば、始業前の準備時間、手待時間などです。
そのような時間が労働時間であるかどうかについて、判例では、「労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定めるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」(最判平成12年3月9日)とされています。
この判例を前提として、労働時間であるか問題になり得る場合について、裁判例をご紹介します。
ア 始業時刻前の準備行為等
(肯定例)
① 使用者により着用を義務付けられている作業着、保護具などを着用し更衣所から作業場へ移動する時間(最判平成12年3月9日)
② 使用者によって義務付けられている鉄道会社の駅員の行う始業前点呼、退社前点呼の時間(東京地判平成14年2月28日)
(否定例)
① 休憩中の作業服の着脱時間、終業後の洗身、入浴の時間(最判平成12年3月9日)
② 鉄道会社の駅員が行う義務的性格が弱い業務引継の時間(東京地判平成14年2月28日)
イ 仮眠、手待時間
(肯定例)
① 店内での休憩が義務付けられ、客が来店した際には即時に対応をしなければならない時間(大阪地判昭和56年3月24日)
② 観光バスの運転手の出庫前・帰庫後の時間、目的地での駐停車時間(大阪地判昭和57年3月29日)
(否定例)
① 実作業への従事の必要が生じることが皆無に等しい場合の仮眠時間(最判平成14年2月28日)
② 病院で監視・巡回警備業務を行う警備員の仮眠・休憩時間(仙台高判平成25年2月13日)
ウ 通勤時間、出張に伴う移動時間
通勤時間、出張に伴う移動時間については、基本的には使用者の指揮命令は及んでいないため、労働時間には該当しないと判断されるでしょう。
ただし、移動時間に、物品の監視・管理、商品等の運搬などの業務を命じられている場合には労働時間に該当すると判断される可能性もあります。
1-3.割増率
深夜労働以外 | 深夜労働 | ||
法定時間内労働 | ― | 25% | |
法定時間外労働 | 1月60時間以内 | 25% | 50% |
1月60時間超 | 50%(※) | 75% | |
法定休日労働 | 35% | 60% |
1-4.管理監督者
会社が従業員から割増賃金の請求をされる場合、会社が管理監督者として処遇していた従業員から、管理監督者ではないことを理由とするものが多くみられます。
そこで、以下では管理監督者についてご説明します。
ア 概要
労働基準法41条2号では、「監督若しくは管理の地位にある者」(いわゆる管理監督者)には、労働時間、休憩及び休日に関する規定は適用されないと定められています。
そのため、就業規則や個別の契約で特別な定めをしない限り、管理監督者に対しては、法定時間外労働、法定休日労働に対する割増賃金を支払う必要はないということになります(ただし、深夜割増賃金の支払いは必要です。)。
その趣旨は、労働時間の管理・監督権限が認められていれば自らの労働時間を自らの裁量で律することができること、管理監督者の地位に応じた高い待遇を受けるため、労働時間規制を適用することが不適当なためと考えられています。
イ 判断基準
上記の趣旨から、以下の要素を考慮して管理監督者性が判断されます。
① 事業主の経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限を認められていること
② 自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること
③ 一般の従業員に比してその地位と権限にふさわしい賃金(基本給、手当、賞与)上の処遇を与えられていること
ウ 厚労省「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について」
管理監督者性の判断基準は上記①~③ですが、厚生労働省は、「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について」(https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/dl/kanri.pdf)において、上記①~③を具体化した考慮要素を示しているので、ご紹介します。
① 労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務内容及び責任と権限を有していること
店舗に所属するアルバイト・パート等の採用(人選のみを行う場合も含む)に関する責任と権限があるか
店舗に所属するアルバイト・パート等の解雇に関する事項が職務内容に含まれているか
人事考課の制度がある企業において、その対象となっている部下の人事考課に関する事項が職務内容に含まれているか
店舗における勤務割表の作成又は所定時間外労働の命令を行う責任と権限があるか
② 現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないようなものであること
遅刻、早退等により減給の制裁、人事考課での負の評価などの不利益な取り扱いがされるか
労働時間に関する裁量があるか、長時間労働を余儀なくされていないか
会社から配布されたマニュアルに従った業務に従事しているなど労働時間の規制を受ける部下と同様の勤務態様が労働時間の大半を占めていないか
③ 賃金等について、その地位にふさわしい待遇がなされていること
基本給、役職手当等の優遇措置が、実際の労働時間数を勘案した場合に、割増賃金の規定が適用除外となることを考慮しても十分といえるか
一年間に支払われた賃金の総額が、勤続年数、業績、専門職種等の特別の事情がないにもかかわらず、多店舗を含めた当該企業の一般労働者の賃金総額と比較して高額か
時間単価に換算した賃金額において、店舗に所属するアルバイト・パート等の賃金額または最低賃金額と比較して高額か
エ 管理監督者に関する裁判例
(否定例)
① 日本マクドナルド事件(東京地判平成20年1月28日)
② 神代学園ミューズ音楽院事件(東京高判平成17年3月30日)
③ エス・エー・ディー情報システムズ事件(東京地判平成23年3月9日)
(肯定例)
① 徳洲会事件(大阪地判昭和62年3月31日)
② 姪浜タクシー事件(福岡地判平成19年4月26日)
③ セントラルスポーツ事件(京都地判平成24年4月17日)
④ ピュアルネッサンス事件(東京地判平成24年5月16日)
1-5.固定残業代
会社は固定残業代制度に基づいて割増賃金を支払っていたが、従業員から、当該固定残業代制度が無効であることを前提として、割増賃金を請求されることも多くみられます。
そこで、以下では固定残業代制度についてご説明します。
ア 概要
固定残業代制度(みなし残業代制度、定額残業代制度)とは、毎月支払う賃金のなかにあらかじめ一定額の時間外労働等の割増賃金を含める取扱いのことをいいます。
年収額を多くみせ、想定された残業時間以内に業務を終わらせようというモチベーションが働くのでメリットもあるため、固定残業代制度を採用している会社は多いと思われます。
もっとも、基本給部分と固定残業代部分が明確に区分できない場合には、割増賃金が支払われているといえるのかがしばしば争いになります。
イ 要件
複数の裁判例からすれば、固定残業代制度が有効と認められるためには、以下の要件を満たす必要があると考えられます。
① 個別合意または就業規則等により、賃金のなかに時間外労働等の対価としての割増賃金の趣旨の一定額が含まれていると認められること
② その一定額と他の賃金部分が明確に区分されていること
③ 実際の残業代が定額残業代を超える場合には差額を支払う旨を明らかにする
なお、月間180時間以内の時間内労働に対する割増賃金が基本給に含まれるかが争われたテック・ジャパン事件(最判平成24年3月8日)における櫻井龍子裁判官の補足意見において、「便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが、その場合は、その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。
さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならない」とされていることにも留意すべきでしょう。
ウ 固定残業代制度が無効とされた場合のリスク
① 割増賃金の支払義務を負うこと
固定残業代制度が無効とされた場合、割増賃金が未払いであることになるため、従業員への支払義務を負うことになります。
割増賃金の消滅時効は2年間(労働基準法改正により、2020年4月1日以降、当面は3年間)ですので、数百万円単位の支払義務が発生する可能性があります。
② 当該固定残業代を割増賃金の算定基礎に含めて割増賃金を算出しなければならない
前提として、割増賃金の算定基礎額の算出方法は次のとおりです。
固定残業代制度が無効になる場合、割増賃金としての支払部分とそれ以外の賃金の支払部分が明確に区別できていないということになります。
つまり、固定残業代を上記でいうところの「時間外、休日、深夜労働の割増賃金支払いの為にあらかじめ毎月支払われる一定額の賃金・手当」として考えることができないことになります。
そうすると、「所定労働時間働いたときの月給額(基本給、各手当)」に含めて考えることになるため、当該固定残業代が割増賃金の算定基礎になります。
1-6.会社がすべき対応
ア 労働時間の管理
会社は、健康管理及び割増賃金算定のため、管理監督者であっても、固定残業代制度を導入していたとしても、労働時間を把握しておかなければなりません。
そのためには、タイムカード、会社への滞留時間を記録するICカードなど、従業員の労働時間を立証できる制度を整えておく必要があります。
また、従業員に不必要な残業を黙認することのないよう、残業の事前申請を求めたり、残業をしないよう指導を行う等の対応が必要な場合もあるでしょう。
イ 管理監督者該当性の検討
安易に、管理職だからという理由で割増賃金を不支給にすることはおすすめできません。
当該従業員が管理監督者であるか否かは、会社の認識とは関係なく、上記(4)記載の要素を考慮して判断されます。
そのため、割増賃金不支給とする場合には、管理監督者性を慎重に検討すべきと考えます。
ウ 固定残業代制度の有効要件の検討
固定残業代制度を導入している場合、残業代として一定額を支払う旨、不足する場合には不足分を支払う旨の記載が就業規則や個別の雇用契約書などにあるかどうか、支給時の給与明細に何時間分の割増賃金としていくら支給するかが記載されているかどうかをご確認ください。
2.割増賃金請求への対応を行う企業のために千瑞穂法律事務所ができること
3.割増賃金請求に関するご対応の弁護士費用
初回ご相談は無料です。その他弁護士費用についてはこちらをご覧ください。
4.ご相談の流れ
千瑞穂法律事務所に企業法務にまつわるご相談や各種お困りごと、顧問契約に関するご相談をいただく場合の方法をご説明します。
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見積書をご確認いただき、ご了解いただいた場合には、委任状や委任契約書の取り交わしを行うことになります。
この場合、当該案件について電話やメールによるご相談が可能です。
進捗についても、適時ご報告いたします(訴訟対応の場合、期日経過報告書をお送りするなどのご報告をいたします)。
-「時間外、休日、深夜労働の割増賃金支払いの為にあらかじめ毎月支払われる一定額の賃金・手当」
-「労基法37条5項により除外できる7つの手当」