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運送業者の残業代に関する最新判例(最高裁令和5年3月10日判決)を弁護士が解説

 

1.事案の概要

Xは、運送事業等を営むY社に平成24年2月頃から雇用されました(契約書は作成されていませんでした)。Y社は、Xと雇用契約を締結した当時、日々の業務内容等に応じて月ごとの賃金総額を決定した上で、その賃金総額から基本給と基本歩合給を差し引いた額を時間外手当とする取り扱いをしていました(旧給与体系)。

その後、平成27年5月にY社は、労働基準監督署から適正な労働時間の管理を行うよう指導を受けたことから、就業規則を変更しました。
変更後の就業規則では、残業手当、深夜割増手当、休日割増手当(以下、残業手当、深夜割増手当、休日割増手当を総称して「 本件時間外手当」と言います)、調整手当からなる割増賃金(以下、これらをまとめて「本件割増賃金」と言います)を支給することとしました(新給与体系)。

本件時間外手当は、基本給等を通常の労働時間の賃金として、労基法37条等で定められた方法により算定した額であり、調整手当の額は、本件割増賃金の総額から 本件時間外手当の額を差し引いた額としました。

本件割増賃金の総額は、平成27年5月に変更される前の旧給与体系と同じように業務内容等に応じて決定される月ごとの賃金総額から基本給、基本歩合給、勤続手当等の合計額を差し引いたものでした。Yは、就業規則変更後も賃金総額を固定する方法は変えず(金額も旧給与体系からほとんど変わっていません)、基本歩合給を大幅に減少していました。

Xは平成29年2月にYを退職し、Yに対して時間外労働に対する賃金等の支払を請求しました。

2. 争点

就業規則変更後の新給与体系は、一見すると法律に従った運用をしているように見えますが、賃金総額は変えず、基本歩合給を減らした上で割増賃金を計算しており、内訳を変えるだけのようにも見えます。そのため、変更後の就業規則に基づく本件割増賃金で労基法37条の割増賃金が支払われたといえるのかが問題となりました。

3. 最高裁の判断

最高裁は、本件割増賃金について固定残業代のケースで利用される枠組み(判別可能性(明確区分性)、対価性)を用いて、以下のように判断しました(以下、太字及び下線は筆者)。

「新給与体系は、その実質において、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される賃金総額を超えて労働基準法37条の割増賃金が生じないようにすべく、旧給与体系の下においては通常の労働時間の賃金に当たる基本歩合給として支払われていた賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であるというべきである。そうすると、本件割増賃金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われているものを含むとしても、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分をも相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。

本件割増賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかが明確になっているといった事情もうかがわれない以上、本件割増賃金につき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないことになるから、被上告人(Y)の上告人(X)に対する本件割増賃金の支払により、同条の割増賃金が支払われたものということはできない。」

本件割増賃金は、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分も含んでいるため、通常の労働時間の部分とそれ以外の部分とを判別できず、判別可能性(明確区分性)要件を充足しないと判断されました。

このような判断となった理由としては、主に以下の点が挙げられました。

・「旧給与体系の下においては、基本給及び基本歩合給のみが通常の労働時間の賃金であったとしても、上告人(X)に係る通常の労働時間の賃金の額は、新給与体系の下における基本給等及び調整手当の合計に相当する額と大きく変わらない水準、具体的には1時間当たり平均して1300~1400円程度であったことがうかがわれる。一方、上記のような調整手当の導入の結果、新給与体系の下においては、基本給等のみが通常の労働時間の賃金であり本件割増賃金は時間外労働等に対する対価として支払われるものと仮定すると、上告人(X)に係る通常の労働時間の賃金の額は、・・・1時間当たり平均約840円となり、旧給与体系の下における水準から大きく減少することとなる。」

・「上告人(X)については、・・・1カ月当たりの時間外労働等は平均80時間弱であるところ、これを前提として算定される本件時間外手当をも上回る水準の調整手当が支払われていることからすれば、本件割増賃金が時間外労働等に対する対価として支払われるものと仮定すると、実際の勤務状況に照らして想定し難い程度の長時間の時間外労働等を見込んだ過大な割増賃金が支払われる賃金体系が導入されたこととなる。」

旧給与体系と賃金総額がほとんど変わっていないのに、新給与体系では基本給等が大きく減少しており、他方本件割増賃金は、実際の残業時間と大きく乖離する過大なものとなっているため、全体として見ると新給与体系により通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分が、本件割増賃金として支払われていると考えられます。

4. 最後に

運送事業等を営む企業では、業務の性質上残業代の問題が生じやすく、頭を悩まされることが多いと思います。上記裁判例の給与体系も経営者の方が苦慮した結果採用したものだったと思いますが、補足意見では「使用者が固定残業代制度という手段のみによって非生産的な時間外労働の発生を抑止するためには上記のような脱法的事態を現出させざるを得ないという状況もあり得るのかもしれないが、そのことをもって、以上の理が左右されるべきものではなく、そのような状況下にある使用者は、固定残業代制度以外の施策を用いて非生産的な時間外労働の抑止を図るよりほかない。」と述べられています。一度社内の給与体系等について見直しをされた方が良いかもしれません。

給与体系や残業代等の問題については、法律や裁判例に関する知識が必要不可欠となります。当事務所では、運送事業も含め企業の残業代に関するトラブルを多数取り扱っており、訴訟や労働審判の対応だけでなく、就業規則等の改訂に関するアドバイスも行っております。ぜひお気軽にご相談いただければと思います。

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