公開日:2026年10月21日 最終更新日:2026年10月21日
執筆:弁護士 加藤 健一郎(弁護士法人千瑞穂法律事務所/広島弁護士会所属/登録番号43619)
監修:弁護士 加藤 誠(裁判官として約36年の実務経験を有する弁護士。広島高等裁判所部総括判事、大分地方・家庭裁判所所長などを歴任)
広島県内の企業でも、古い書式やインターネットのひな形をそのまま使っている例は少なくありません。書式の不備は、残業代請求や解雇トラブルが起きてから問題になります。会社側(使用者側)の労働問題を扱う広島の弁護士が、作り方の要点を解説します。
1.雇用契約書は必ず作らなければならないのか
結論:雇用契約書の作成は法的義務ではありませんが、労働条件を書面などで明示する義務はあります。
労働契約は合意だけで成立します(労働契約法6条)。一方、賃金・労働時間などの重要な労働条件は書面で明示しなければならず(労働基準法15条、労働基準法施行規則5条)、違反すると30万円以下の罰金の対象です(労働基準法120条1号)。パート・アルバイト・定年後再雇用者も対象ですので、ご注意ください。
2.雇用契約書と労働条件通知書の違い
結論:労働条件通知書は会社からの「通知」、雇用契約書は双方の「合意」の証です。実務的には、両方を兼ねた1枚の書式が使われることが多いです。
| 項目 | 労働条件通知書 | 雇用契約書 | 兼用型(おすすめ) |
|---|---|---|---|
| 性質 | 会社からの通知 | 双方の合意 | 通知と合意の両方 |
| 作成義務 | あり | なし | 明示義務を果たせる |
| 労働者の署名 | 不要 | 必要 | 必要 |
| 合意の証拠 | 弱い | 強い | 強い |
特に固定残業代や転勤などが労働条件となっているような場合には、本人の署名をもらう、合意の形で証拠を残しておくことが有効です。
3.雇用契約書に必ず書くべき事項
結論:労働契約期間、就業場所・業務(変更の範囲を含む)、労働時間・休日、賃金、退職・解雇に関する事項は書面で必須です。有期契約では更新の基準・更新上限・無期転換も必要です。なお、退職手当や賞与、休職等に関する事項を定める場合、これらも明示する必要があります。
| 明示事項 | 対象 | 注意点 |
|---|---|---|
| 労働契約期間 | 全員 | 有期なら更新の有無と判断基準も |
| 就業場所・業務 | 全員 | 2024年4月から「変更の範囲」も必要 |
| 始業・終業時刻、残業の有無、休憩、休日、休暇 | 全員 | 時間外労働の有無は具体的に明示。他は内容が膨大な場合、始終業時刻等に関する考え方を示した上、就業規則の関係条項名を示す方法も可(基発1012第2号令和5年10月12日) |
| 賃金の決定・計算・支払方法、締切日・支払日 | 全員 | 固定残業代は金額と時間数を明記するなど注意が必要 |
| 退職に関する事項(解雇の事由を含む) | 全員 | 定年、退職手続、解雇事由 |
| 更新上限の有無と内容 | 有期 | 2024年4月追加。新設・短縮時は事前に理由を説明 |
| 無期転換の申込みができること、転換後の労働条件 | 有期 | 2024年4月追加。申込権が発生する更新時に明示 |
| 昇給・退職手当・賞与の有無、待遇の説明を求められる旨、相談窓口 | パート・有期 | パートタイム・有期雇用労働法6条1項、同施行規則2条1項 |
根拠:労働基準法15条1項、同法施行規則5条。労働者が希望すれば、メール等の電子的方法での明示も可能です(同規則5条4項)。
4.トラブルになりやすい条項
結論:固定残業代・試用期間・転勤(変更の範囲)・違約金等は、書き方を誤ると条項自体が無効となったり、会社(使用者)にとって不利に判断されるため、特に注意が必要です。
| 条項 | 無効・争いになりやすい書き方 | 押さえるべきポイント |
|---|---|---|
| 固定残業代 | 「基本給30万円(残業代を含む)」 | 金額・時間数・超過分の別途支給を明記。残業の対価であること、通常の賃金と区別できることなどが必要(テックジャパン事件・最高裁平成24年3月8日判決、最高裁平成30年7月19日判決等) |
| 試用期間 | 期間や延長条件の記載がない/不当に長い | 本採用拒否にも合理的な理由が必要(三菱樹脂事件・最高裁昭和48年12月12日判決)。 |
| 転勤・配置転換 | 変更の範囲を実態より狭く書く | 職種限定の合意があれば同意なく配転できない(滋賀県社会福祉協議会事件・最高裁令和6年4月26日判決) |
| 違約金 | 「1年以内に退職したら研修費30万円」「遅刻1回3,000円の罰金」 | 労働基準法16条違反で無効。6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金(同法119条) |
固定残業代が無効になると、その手当は残業代の支払いと認められず、残業単価の計算にも含まれるため、未払額が大きく膨らみます。上記以外にもトラブルになる記載は多く存在するため、社会保険労務士や使用者側の労働問題に強い弁護士にご相談ください。
5.労働基準法に違反する条項はどうなるか
結論:違反した部分だけが無効となり、労働基準法の基準に置き換わります(労働基準法13条)。違法な労働条件を前提に働かせた会社と役員が、損害賠償責任を負った裁判例もあります。
| 契約書の記載 | 結果 |
|---|---|
| 「残業代は支払わない」 | 無効。法定の割増賃金を支払う義務が残る |
| 「年次有給休暇はなし」 | 無効。勤続6か月・出勤率8割以上で10日発生 |
| 最低賃金を下回る時給 | 最低賃金額で契約したものとみなされる(最低賃金法4条2項) |
| 就業規則より低い条件 | 就業規則の基準まで引き上げられる(労働契約法12条) |
飲食店過労死事件(大阪高裁平成23年5月25日判決)では、月80時間分の時間外労働を初任給に組み込むなど長時間労働を前提とした体制のもとで新入社員が死亡し、会社だけでなく取締役個人の損害賠償責任も認められました(会社法429条1項)。雇用契約書や賃金規程の作り方が、経営者個人の責任につながり得ることを示す事例です。
6.作成チェックリスト
結論:次の項目を順に確認すれば、本記事で解説した明示義務(第1節〜第3節)、トラブルになりやすい条項(第4節)、法令違反となる条項(第5節)を一通り点検できます。
(1)書式と交付の方法(第1節・第2節)
□ 「労働条件通知書兼雇用契約書」の形式にし、会社と労働者の双方が署名(記名押印・電子署名を含む)している
□ 正社員だけでなく、パート・アルバイト・契約社員・定年後再雇用者にも交付している
□ 有期の場合、入社時だけでなく、有期契約を更新するたびに交付している
□ メール等の電子的方法で明示する場合は、労働者本人の希望を確認し、その記録を残している
(2)全ての労働者に明示が必要な事項(第3節)
□ 労働契約期間(期間の定めの有無)を記載している
□ 就業場所と業務について、雇入れ直後の内容と「変更の範囲」の両方を記載している
□ 始業・終業時刻、休憩、休日、休暇を記載している。就業規則で示す場合は、始終業時刻等に関する考え方を示した上で関係条項名を網羅的に示している
□ 時間外労働(残業)の有無を、条項名ではなく具体的に記載している
□ 賃金の決定・計算・支払方法、締切日・支払日を記載している
□ 退職に関する事項(解雇の事由を含む)を記載している
□ 退職手当、賞与、休職などの定めがある場合は、それらも明示している
(3)有期契約で追加が必要な事項(第3節)
□ 契約を更新するかどうかと、更新の判断基準を記載している
□ 通算契約期間または更新回数の上限の有無と、その内容を記載している
□ 上限を新たに設ける場合や短くする場合、あらかじめ理由を説明している
□ 無期転換申込権が発生する契約を結ぶ(更新する)ときに、申込みができる旨と転換後の労働条件を明示している
(4)パートタイム・有期雇用労働者で追加が必要な事項(第3節)
□ 昇給の有無、退職手当の有無、賞与の有無を記載している
□ 待遇の相違の内容・理由などについて説明を求めることができる旨を記載している
□ 雇用管理の改善等に関する事項の相談窓口を記載している
(5)トラブルになりやすい条項(第4節)
□ 固定残業代は、基本給と区別したうえで、金額・対応する時間数・超える分を別途支払う旨を記載している(固定残業代を設ける場合、社会保険労務士や使用者側の労働問題に強い弁護士にご相談頂いた方が安全です)
□ 固定残業時間を超えた分の割増賃金を、実際に支払っている
□ 試用期間の長さと、延長する場合の有無・条件を記載している
□ 試用期間中の指導や評価を記録に残す運用になっている
□ 就業場所・業務の「変更の範囲」が、実際の転勤・配置転換の運用と合っている(実態より狭く書いていない)
□ 「途中で退職したら違約金」「遅刻したら罰金」など、違約金や損害賠償額をあらかじめ定める条項がない
(6)法令・就業規則との整合(第5節)
□ 「残業代は支払わない」「年次有給休暇はなし」など、労働基準法の基準を下回る記載がない
□ 賃金が、適用される最低賃金額を下回っていない
□ 就業規則で定める基準を下回る労働条件になっていない
□ 求人票・募集要項の条件と食い違っていない
□ 長時間の固定残業時間を組み込むなど、長時間労働を前提とした賃金設計になっていない
7.よくある質問
Q 2024年3月以前に入社した社員にも明示し直す必要がありますか?
既存の契約に改めて明示する義務はありません。ただし有期契約は、次の更新時から新しいルールでの明示が必要です。
Q メールやPDFで送るだけで足りますか?
労働者が電子での明示を希望した場合は足ります。希望を確認した記録を残し、合意の証拠として電子署名をもらう方法が確実です。
Q 有期契約を更新するたびに作り直す必要がありますか?
必要です。更新は新しい契約の締結にあたるため、その都度、更新上限を含めて明示します。
Q インターネットのひな形で問題ありませんか?
2024年4月改正に未対応のものや、固定残業代の書き方が不十分なものがあります。自社の就業規則と実態に合っているか確認が必要です。
Q パートやアルバイトにも労働条件通知書は必要ですか?
必要です。労働条件の明示義務は、雇用形態にかかわらず全ての労働者が対象です(労働基準法15条1項)。パート・有期雇用の場合は、昇給・退職手当・賞与の有無、待遇の相違について説明を求められる旨、相談窓口の明示も加わります(パートタイム・有期雇用労働法6条1項、同法施行規則2条1項)。短期間の雇用でも省略できません。
Q 書面で示した労働条件と実際の労働条件が違っていた場合、どうなりますか?
労働者は、即時に労働契約を解除できます(労働基準法15条2項)。就業のために住居を変更した労働者が契約解除の日から14日以内に帰郷する場合は、会社が必要な旅費を負担しなければなりません(同条3項)。会社は、明示する労働条件を事実と異なるものとしてはならないとされています(同法施行規則5条2項)。
Q 雇用契約書と就業規則の内容が違う場合、どちらが優先されますか?
雇用契約書の条件が就業規則より労働者に有利であれば、雇用契約書の合意が優先します(労働契約法7条ただし書)。反対に、就業規則の基準を下回る部分は無効となり、就業規則の基準によります(同法12条)。食い違いがあると、労働者に有利な解釈がなされる可能性が高いため、作成時に就業規則と照合してください。
Q 入社後に労働条件を変更したいときは、雇用契約書を作り直せば足りますか?
労働条件の変更には、原則として労働者との合意が必要です(労働契約法8条)。賃金の引下げなど不利益な変更の場合、署名押印があるだけでは足りず、変更による不利益の内容や会社の説明などから、労働者の自由な意思に基づく同意といえるかが判断されます(最高裁平成28年2月19日判決参照)。変更の理由と不利益の内容を説明し、その記録を残したうえで合意書を取り交わす必要があります。
Q 雇用契約書はいつまで保存すればよいですか?
雇用契約書や労働条件通知書は「雇入れに関する書類」として、労働者の退職または死亡の日から5年間の保存が必要です(労働基準法109条、同法施行規則56条1項3号)。ただし、当分の間は3年間とする経過措置があります(同法附則143条1項)。残業代請求などの紛争に備え、退職後もすぐに廃棄しないことをおすすめします。
8.広島で会社側の労働問題に強い弁護士を選ぶポイント
結論:①会社側(使用者側)の案件を中心に扱っているか、②労働審判・訴訟の経験があるか、③顧問として継続的に相談できるか、の3点を確認するのがおすすめです。
| 弁護士法人千瑞穂法律事務所 | 内容 |
|---|---|
| 対応する立場 | 会社側(使用者側)のみ。特別の事情がない限り、労働者側のご相談はお受けしていません |
| 弁護士 | 7名在籍。約36年の裁判官経験をもつ元裁判官の弁護士が在籍 |
| 実績 | 顧問先100社以上、人事労務の取扱件数900件以上、セミナー参加者延べ4,000人以上 |
| 所在地 | 広島市中区立町2-23 野村不動産広島ビル9階(広島弁護士会所属、2014年設立) |
| 顧問料 | 月額35,000円(税別)から複数プラン(弁護士費用・顧問契約プラン) |
9.雇用契約書の点検のご相談
雇用契約書・労働条件通知書をご共有いただければ、2024年4月改正への対応状況と、無効となるおそれのある条項の有無を確認します。お気軽にご相談ください。
お電話:082-962-0286(平日9:00〜17:00)
お問い合わせフォーム(受付時間:年中無休)
■ 関連記事・参考資料
- 厚生労働省「2024年4月から労働条件明示のルールが変わります」
※本記事は2026年10月時点の法令・裁判例に基づいています。
■ 執筆者・監修者
千瑞穂法律事務所 共同代表(広島弁護士会所属)
注力分野:企業法務、人事労務、契約
顧問弁護士として大企業・中小企業の法務案件を多数取り扱い、これまでに対応した企業法務案件は
1000件以上。特に人事労務問題を得意としており、問題社員対応やハラスメント対応、解雇トラブル
等の解決事例を豊富に有する。
また、金融機関や企業等において、延べ3400人以上に研修・セミナーを実施した実績を持つ。
千瑞穂法律事務所 弁護士(広島弁護士会所属)
注力分野:企業法務、労働、倒産、民事再生、民事全般、相続
裁判官として約36年の実務経験を有する弁護士。
広島高等裁判所部総括判事、大分地方・家庭裁判所所長などを歴任。






















雇用契約書の作成は義務ではありませんが、労働条件の書面明示は全ての会社の義務です(労働基準法15条)。
実務では「労働条件通知書兼雇用契約書」にまとめ、双方が署名する形が最も安全です。
2024年4月から「就業場所・業務の変更の範囲」「更新上限」「無期転換」の明示が加わりました。
労働基準法を下回る条項は無効となり、法律の基準に置き換わります。